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2016年の米国大統領選挙の際、バルカン半島に位置する北マケドニア(旧マケドニア)の小さな町、ベレスが世界中のメディアから注目を浴びました。この人口4万人ほどの町に住む若者たちが、100以上の親トランプ系フェイクニュースサイトを運営し、米国の世論に影響を与えるほどの虚偽情報を大量生産していたからです。
彼らが動いた動機は、政治的なイデオロギーでも、特定の候補者への支持でもありません。そこにあるのは、現地の経済状況と、シリコンバレーの巨大テック企業が生み出した広告配信システムの「構造的な歪み」を利用した、極めて合理的なビジネスモデルでした。
>歴史的背景:工業都市の崩壊とデジタルへの転換ベレスはかつて、ユーゴスラビア時代には「リード(鉛)と亜鉛の精錬所」を擁する主要な工業都市として栄えていました。しかし、1990年代の体制崩壊と経済移行の中で、環境汚染問題もあり精錬所は閉鎖。町には深刻な失業問題が残されました。
特に若者にとって、ベレスには将来の展望がほとんど存在しませんでした。平均月収が数百ドルという厳しい現実の中で、彼らはインターネットという窓を通じて、自分たちの生活を劇的に変える「換金技術」を見つけ出しました。それが、Google AdSense(アドセンス)とFacebookのアルゴリズムを組み合わせた、フェイクニュースの輸出産業だったのです。
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目次
経済的格差が生んだ「AdSenseの錬金術」
彼らがフェイクニュースを量産した最大の動機は、北マケドニア国内の経済水準と、米国市場の広告単価(CPC:クリック単価)の圧倒的な格差にあります。
| 比較項目 | 北マケドニア国内の労働 | 米国向けサイト運営(ベレス型) |
|---|---|---|
| 平均月収 | 約350 〜 500ドル程度 | 数千 〜 1万ドル以上(成功者) |
| 1クリックの価値 | 0.01ドル未満(現地語サイト) | 0.5 〜 1ドル以上(英語・米国向け) |
| 主な労働内容 | 過酷な工場勤務やサービス業 | 自宅PCでのコンテンツ編集・拡散 |
当時のベレスの若者にとって、国内で一ヶ月働き通して得られる賃金を、米国向けのフェイクニュースが「たった1回のバズ(爆発的な拡散)」で稼ぎ出してしまう状況がありました。この「労働の価値」が劇的に逆転した構造が、罪悪感というブレーキを容易に破壊し、町全体をフェイクニュース生産へと傾倒させたのです。
>コンテンツ生産の技術的プロセス:リライトの自動化ベレスで行われていた作業は、高度なジャーナリズムとは無縁のものでした。彼らの生産フローは、以下のように効率よくマニュアル化されていました。
1. ターゲット市場の特定(米国・保守層)
若者たちは当初、健康情報やスポーツなどのトピックを試しましたが、最終的に「米国政治」が最も収益性が高いことに気づきました。特に保守層向けのコンテンツは、シェア(拡散)される確率がリベラル層向けよりも高く、ユーザーの「確証バイアス」を突くことで爆発的なアクセスを稼ぎ出せることがデータによって裏付けられていたためです。
2. 既存記事の「過激化」とリライト
彼らはゼロから記事を創作することは稀です。主にアメリカの極右系ブログや陰謀論サイトから既存の記事を見つけてきます。英語が不自由な若者でも、翻訳ツールを使いながら「ヒラリーが逮捕された」「教皇がトランプを支持した」といった、既存の事実を刺激的な方向に歪めたタイトルを付け替えます。内容の真偽は広告収益に影響しないため、事実確認が行われることはありませんでした。
3. Facebookアルゴリズムの脆弱性悪用
作成された記事は、数百もの「偽アカウント」を使い、Facebook上の政治的なグループやコミュニティへ組織的に投下されます。当時のFacebookアルゴリズムは、ユーザーの反応(いいね!、シェア、コメント)を最重視しており、怒りや驚きといった強い感情を喚起するコンテンツほど、ニュースフィードの上位に優先表示される仕様でした。彼らはこの仕様を熟知しており、意図的に「怒りの連鎖」を作り出しました。
>2026年の現状:生成AIの登場と生産コストのゼロ化2016年の騒動を受けてプラットフォーム各社は対策を強化しましたが、フェイクニュースの生産拠点は消滅していません。2026年現在、生成AIの急速な発展により、生産フェーズは新たな次元に突入しています。
「完璧な英語」による偽情報の量産
かつてのベレス型ニュースの弱点は、英語の不自然さや事実誤認の稚拙さにありました。しかし、現在ではChatGPTなどの高度な言語モデルを利用することで、ネイティブスピーカーが執筆したかのような、論理的で説得力のある(しかし内容は虚偽の)記事を、わずか数秒で大量生産することが可能です。
生産拠点のグローバル分散化
ベレスという特定の地域への監視が進んだ結果、生産拠点は世界中の「低賃金かつインターネット環境が整った地域」へ分散しました。ベレスの若者たちが確立した「高CPC市場への虚偽情報輸出」というメソッドは、今やグローバルなアンダーグラウンド・ビジネスの標準モデルとなっています。
>FAQ:北マケドニア・フェイクニュース工場に関する疑問この現象について、よく寄せられる質問を技術的・経済的視点から整理しました。
Q1:なぜ北マケドニアの若者はアメリカの選挙を狙ったのですか?
A1:最大の理由は「広告単価の高さ」です。アメリカは世界で最もデジタル広告のクリック単価(CPC)が高い市場の一つです。マケドニア国内向けのサイトで1万PVを集めるよりも、米国向けのサイトで100PVを集める方が収益が高くなるという経済原理が働いたためです。
Q2:彼らは今でもフェイクニュースで稼いでいるのですか?
A2:GoogleやMetaの規制強化により、当時ほど単純な手法では稼げなくなっています。しかし、一部の成功者はその資金を元手に正規のデジタルマーケティング会社を設立した一方、別のグループはより審査の緩い代替広告ネットワークや、生成AIを駆使したより巧妙な「ディープフェイク」や「AI生成記事」による収益化へと移行しています。
Q3:フェイクニュース生産に政治的な意図は本当になかったのですか?
A3:取材に応じた多くの若者は「政治には全く興味がない」と証言しています。彼らにとってトランプ氏支持の記事は「売れる商品」に過ぎず、仮にリベラル系の記事の方がクリック単価が高ければ、躊躇なくリベラル系のフェイクニュースを量産していたと考えられます。
ベレスという町が歴史に刻んだのは、インターネットが善意のネットワークであると同時に、強固な経済合理性の下では「虚偽」を最も効率的な輸出品に変えてしまうという、デジタル経済の冷酷な側面でした。
この記事の監修者
超解決 第一編集局
疑問解決ポータル「超解決」の編集チーム。正確な検証と、現場視点での伝わりやすい解説を心がけています。
