エクセルの計算において、通常は「1つのセルに1つの数式」を入力し、それをオートフィルでコピーしていくのが基本です。しかし、大量のデータを扱う際、この「セルの数だけ数式を複製する」という手法は、時に非効率であり、メンテナンスという名の『技術負債』を蓄積させる原因になります。これに対し、複数のデータを一つの『データ・パケット(配列)』として捉え、一括で処理を行うのが『配列数式』です。エクセルの歴史において、この配列数式は『CSE数式』という名のレガシーな手法から、現代の『動的配列』という名のモダンなプロトコルへと劇的な進化を遂げました。本記事では、新旧の配列数式のロジックの違いを解剖し、計算効率を極限まで高めるための設計思想を解説します。
【要点】配列数式をマスターするための3つのパラダイムシフト
- 『配列』はデータの集合体: 単一の数値ではなく、複数の値を一つのユニット(塊)として数式にインジェクション(投入)する。
- レガシーな『CSE数式』: Ctrl + Shift + Enter を駆使して数式を強制的に配列として認識させる、職人芸的な旧手法。
- モダンな『動的配列』: 数式を入力するだけで結果が自動的に溢れ出す(スピル)、現代エクセルの標準プロトコル。
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目次
1. 基礎解説:配列数式(Array Formula)とは何か?
配列数式とは、簡単に言えば「一度に複数の計算を行う数式」のことです。通常、=A1*B1 は1対1の計算ですが、配列数式を使えば =A1:A10*B1:B10 という風に、範囲全体を一度に掛け算し、その結果を一気に取得することが可能になります。
1-1. 計算リソースの最適化
個別のセルに数式を散布するのではなく、一つの数式で広範囲をカバーすることで、ブック全体の構造がシンプルになります。これは、個別の命令(命令セット)を何度も送るよりも、一括処理(バッチ処理)を行う方がシステム負荷が安定するのと似た論理です。特に、条件に一致する値を抽出したり、複雑な集計を行ったりする際に、その真価を発揮します。
2. レガシー:Ctrl + Shift + Enter(CSE数式)の時代
Excel 2019 以前の環境で配列数式を実現するには、特別な儀式が必要でした。これが『CSE数式』と呼ばれる手法です。
2-1. 【操作】数式を「配列」としてマッピングする
- 計算結果を表示したい範囲をあらかじめ選択しておきます。
- 数式バーに
=A1:A10*B1:B10のような範囲を含む数式を入力します。 - 最後に普通に Enter を押すのではなく、Ctrl + Shift + Enter を同時に叩きます。
- 結果: 数式の前後が
{ }(中括弧)で囲まれ、選択した範囲すべてに計算結果がデプロイ(展開)されます。
注意点: この { } は手入力しても機能しません。あくまでキーボード操作による「配列認識命令」によってのみ生成される特別なシグナルです。また、範囲内の一部だけを削除しようとすると「配列の一部を変更することはできません」という警告が出て拒絶されるという、非常に堅牢(かつ不自由)な性質を持っていました。
3. モダン:動的配列(Dynamic Arrays)という革命
Microsoft 365 や Excel 2021 以降、配列数式は劇的な進化を遂げました。もはや特別なキー操作は不要になり、数式は自律的に範囲を判断するようになりました。
3-1. スピル(Spill)プロトコルの導入
新しいエクセルでは、単一のセルに配列を扱う数式を入力して Enter を押すだけで、結果が周囲のセルに自動的に溢れ出します。これが以前の記事でも紹介した「スピル」です。これにより、あらかじめ範囲を選択しておくという「予測作業」がパージ(排除)され、データの増減に合わせて結果の範囲が動的に伸縮する柔軟性を手に入れました。
3-2. 進化した「配列専用関数」の登場
動的配列の登場と共に、それ自体が配列を返すための強力な関数群が標準搭載されました。
- SORT関数: 範囲を瞬時に並べ替えた配列を返す。
- UNIQUE関数: 重複を排除した一意のリストを配列として生成する。
- FILTER関数: 条件に合致するデータだけを抽出した配列をデプロイする。
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4. 比較検証:『旧来のCSE数式』 vs 『最新の動的配列』
設計思想と運用コストの観点から、新旧の配列数式を論理的に比較します。
| 比較項目 | レガシー方式 (CSE) | モダン方式 (動的配列) |
|---|---|---|
| 入力のトリガー | Ctrl + Shift + Enter | 通常の Enter のみ |
| 範囲の柔軟性 | 固定(あらかじめ決める必要あり) | 動的(データの数に合わせて伸縮) |
| メンテナンス性 | 低い(一部変更が困難) | 高い(先頭セルのみ管理すればOK) |
| 互換性 | 古いエクセルでも動作 | 古いバージョンでは #NAME? エラー |
5. 注意点:互換性という名の「サイレント・ダウングレード」
最新の動的配列を使って作成したファイルを、古いバージョンのエクセル(2016など)で開いた際に発生する不具合に注意してください。
注意点: 動的配列に対応していない古いエクセルでファイルを開くと、数式が自動的に
{=...}というCSE形式に変換されて表示されることがあります。これを「暗黙的なインターセクションの解消」と呼びますが、一部の高度な関数(FILTER等)は古いバージョンには存在しないため、#NAME?エラーとなり計算が全停止してしまいます。不特定多数に配布する資料をアーキテクト(設計)する場合は、相手の利用環境という名の「動作要件」を事前に確認することが必須のプロトコルです。
6. 運用のコツ:SUMPRODUCT関数という名の「隠れた配列処理」
「CSE数式は難しそうだが、動的配列も使えない環境だ」という場合に重宝するのが SUMPRODUCT(サムプロダクト)関数 です。この関数は、内部的に配列処理を行うロジックが組み込まれているため、Ctrl + Shift + Enter を押さなくても、複数の範囲を掛け合わせて合計するなどの配列的な動作を「標準機能」として実行できます。モダンな環境へ移行するまでの『ブリッジ(架け橋)』として、非常に安定したパフォーマンスを発揮します。
7. まとめ:配列を制する者はエクセルの構造を制する
エクセルの配列数式を理解することは、単に高度なテクニックを覚えることではありません。それは、セルという名の「点」で考えていた思考を、データセットという名の「面」で捉えるようにアップデートする『計算思考の次元上昇』です。
CSEというレガシーな職人芸をパージし、動的配列というモダンな自動化を取り入れること。このプロトコルを徹底すれば、あなたのエクセルワークは数式の重複という名の無駄から解放され、より大規模で複雑なデータ構造を最小限の労力で制御できるようになります。
次に大量のデータを前にして、同じ数式を何百回もコピーしようとしたその瞬間、立ち止まって「配列」として処理できないか考えてみてください。その数式一行が、あなたのエクセル操作をよりプロフェッショナルで、洗練されたものへと進化させてくれるはずです。
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